
アドベンチャー・アイランズは、タヒチ、モルディブ、ジープ島、パラオ、モーリシャス、ニューカレドニアなど南の島へのご旅行をお考えの皆様のお手伝いをいたします。


■地理
マダガスカルの東約900kmに位置。モーリシャス本土の他、ロドリゲス島(モーリシャスの東563km)、カルガドス・カラホス諸島(モーリシャスの北東395km)、アガレガ諸島(モーリシャスの北1200km)などインド洋に広範囲に渡って散らばっています。1300万年ほど前、海底噴火の隆起によってできたと考えられています。モーリシャスの全面積は2045平方kmで、東京都とほぼ同じ。
■モーリシャスの歴史
モーリシャスが最初に発見されたのは975年頃。すでに当時のアラブの地図には、「東の島」を意味するDina Mashriqという名前でモーリシャスが記されていました。最初の上陸者はポルトガル人でしたが、彼らはゴアやマラッカ航海の食料補給基地としてモーリシャスを利用していただけでした。
1598年、ジャワに向かう途中のオランダ船が暴風雨のためモーリシャスに避難。その時の海軍大将が、当時のオランダの英雄ナッサウ家のモーリス皇太子にちなんで島を「モーリシャス」と名付けました。
オランダ人の本格的な植民が始まったのは、その40年後。彼らははモーリシャスにサトウキビ、奴隷、鹿をもたらしましたが、同時に黒檀の森と学術的にも貴重な飛べない巨鳥ドードーを食用にして絶滅させてしまいました。
オランダ人が去って5年後の1715年、フランス人がモーリシャスを占領し、「フランス島」と改名。1735年、モーリシャス、レユニオン、セイシェルの3島を含むマスカリン諸島の総督に就任したベルトランド・フランソワ・マへ・ラブールドネは首都となるポートルイスを建て直したりするなど、後生にその名を残す数々の業績を挙げました。彼は銅像となって今もポートルイスの中心地からモーリシャスの人々を見守っています。
1810年、インド洋に南下したイギリス軍はフランス軍を破り、モーリシャスはイギリスの支配下に置かれます。しかし、イギリスはモーリシャス人の信頼を得るため、フランスの文化・習慣を尊重したので、モーリシャスは今でも、あらゆる面にフランスの影響が色濃く残っています。
1968年、モーリシャスはイギリス連邦下の一国として独立。
1992年3月12日、イギリス連邦に所属しながら共和国となりました。国家元首は大統領。