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サモアは広大な南太平洋に点在する島々の中で、サモアのすぐ西側に日付変更線がある為に世界で一番最初に時を刻む国なのです。
更にポリネシアの主要地域では、欧米の影響を強く受けておりポリネシア文化の色彩が薄れてきている中で、サモアは最も「ポリネシアの習慣と文化が保持された古き良き島」と呼ばれています。
更に、火山と珊瑚礁から成るウポル島と、サバイイ島の2つの大きな島は、島の中央に1000〜1500mの山脈が走っている為に、主要産業である農業は主に海岸沿いで行われており、耕作面積は総面積の20%もあります。
9つの諸島に分かれている。
ウポル島 ・・・ サモアの中心となる島で、総人口17万人の大半にあたる15万人がこの島に住んでいる。島の北部中央に首都のアピアがあり人口約4万人を超えるサモア唯一の都会。
サバイィ島 ・・・ サモアの西端に位置する最大の島。ウポル島とは18Hあまりの海岸を挟んで向かい合っている。雄大な自然が広がっている事が最大の魅力で、島のほとんどが原生林と火山活動の為に流出した溶岩原が広がっている。ウポル島よりずっと素朴な島。
マノノ島 ・・・ 人口約800人で、住民のほとんどがボートで島間の移動をしている。車もないこの2つ(マノノ&アポリマ島)の平和な島はポリネシアンの縮図を見ているよう。
アポリマ島 ・・・ 人口約150人でマノノ島より更に小さい島で、マノノ島と同じ様に定期便がないので、ボートでの移動をしている。
その他の離島 ・・・ ウポル島の下にあるヌウサフェエ島と南東のアレイパタ島(4つ)の小島がある。
南太平洋の中でのサモアは
今度はサモアを南太平洋と言う広いエリアで見てみよう。南太平洋に浮かぶ島々は大きく分けて三つの文化圏に分けられる。
ミクロネシア ・・・ 日本から比較近い距離にあり、グアム・サイパン等日本旅行者に馴染みの深い島々が含まれる。
メラネシア ・・・ ミクロネシアの下に位置し、パプアニューギニア・ニューカレドニア・フィジー等を含む。
ポリネシア ・・・ 日本から最も遠く、タヒチ・サモア・トンガ・クック諸島やハワイ・ニュージーランド・イースターと三角形(ポリネシアン・トライアングルとも呼ばれている。)のように広範囲に広がっている。
いずれの文化圏の名称もギリシャ語が語源になっている。ミクロネシアは『小さな島々』と言う意味で、メラネシアは『黒い島々』但しこれは島が黒いと言う事ではなく、そこに住む人々の肌の色が他の文化圏の人に比べて濃い為に付けられた。そして最後にポリネシアが『多数の島々』と名付けられた。
サモアの歴史
サモアに人が住み始めたのは2500年前と言われていて、ポリネシア人の起源といわれるモンゴロイドがフィリピンやインドネシアとアジアを経由し、サモアに住み着き、その後サモアを中心にポリネシア各地に散って行ったと言われている。
950年頃からトンガではツイ・トンガが絶対的な権力を持っていた事から、およそ300年間に渡りサモア他フィジーの東部もその支配下にされていたとされている。
1250年頃にサモアは戦いの末、主権を回復し戦いは終わりを告げた。
ヨーロッパ人が最初に訪れたのは1786年で、その後ジョン・ウィリアムズがキリスト教の布教を始めた。キリスト教が広まるにつれてアメリカ・ドイツ・イギリスの3国が強い関心を示し始める。 そんな中、サモア内では王位争いが20年近く続き、その結果王制は廃止され、1899年に西経171度線を境にふたつに分けられて、西サモア(現在のサモア)はドイツ領、東サモア(現在のアメリカン・サモア)はアメリカ領となる。
第一次世界大戦勃発と共に西サモアはニュージーランド軍に占領され、委託統治領になったが、サモア人の反植民地運動により1962年にポリネシア初の独立国として西サモア共和国が誕生。
現在は林業や農業の他に旅行業にも力を入れ始めている。
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